2008年3月11日火曜日

【コラム】タダ化する音楽2.0

 このコラムは徳島文理大学総合政策学部HPの「総合政策徒然草」に載せた文章を元にしています.そちらで「タダ化する音楽」と題して,情報という商品と著作権についての文章を書き始めたのですが,「総合政策徒然草」の文字制限を大幅に越えてしまったため,こちらにロングバージョンを掲載することにしました.

音楽はタダ?
 音楽がタダと聞くと,「サイトやP2Pを通じた違法なダウンロード?」,あるいは「アマチュアのミュージシャン?」と思うかもしれませんね.しかし現在,プロのアーティストやレコードレーベルなどが自ら,無料で音楽ファイルを配信するケースが増えてきています.もちろん自発的に配信しているのでダウンロードは合法です.無料で配信してしまうと儲からないような気がしますが,果たしてプロのミュージシャンがそんなことをするのでしょうか?
 イギリスのロック・バンドであるシャーラタンズ(The Charlatans)は2008年3月3日から,ラジオ曲XFMのウェブサイトを通じて,CD発売前のニューアルバムを無料で配信しています.それ以前にも,同じくイギリスのロック・バンドであるレイディオヘッド(Radiohead)は2007年10月,専用サイトを通じて,ニューアルバム”In Rainbow”の値段をお客自身に決めさせるという画期的な方式で販売しました.客が値段を決めて良いので1000円でも良いし,もちろん0円でも構いません(実際には円ではなくてポンドですが).この流れに乗って,オアシス(Oasis)やジャミロクワイ(Jamiroquai)と言った日本でも有名な大物ミュージシャンもレーベルから離れ,レイディオヘッドと同様の方式で配信するのではないかとテレグラフが報じています.注1

タダは儲かる?
 レイディオヘッドはなぜこのように「客が自分で価格を決めて良い」というシステムでアルバムを配信したのでしょうか?レイディオヘッドは世界的に有名なバンドなのでお金にも困ってないのでファンへの善意からこのようなことをしたのでしょうか?それとも?
 実はレイディオヘッドは普通の販売方式と比べてかなり儲けているはずです.通常のCDを販売した場合のロイヤリティーの目安は価格の5%だそうです.イギリスのAmazonを見ると過去のCDの平均価格は約5ポンド(1260円注2)なので,CDが1枚売れてもレイディオヘッドには62円程度しか入らないわけです.それに対して,このアルバムをダウンロードした人の平均購入価格は2.26ドル(242円注3)だそうです注4.ただし,普通のCD販売と比べて,この方式だとCDの生産や流通といったコストが必要ないので,収入がほとんどそのままレイディオヘッドの手元に残ります.一見,バカげたやり方のようですが,実はCDの販売と比べても結構儲かるようですね.注目すべきは,タダでも手に入るにも関わらず,お金を払った人が40%もいたことです.ちなみに私もなぜか5ポンドを払ってしまいました.

本当に無料なのか?(経済学的な考察)
 アメリカのヒップホップ・ミュージシャンである50セント(50Cent)が率いるGユニット(G-Unit)も(ホームページで登録さえすれば)無料でアルバムを配信しています.しかし,先ほどのレイディオヘッドはお金を出してまで購入した私ですが,このアルバムを入手しませんでした.どうして私はタダなのに手に入れないのでしょうか?
 その原因は2つ考えられます.1つ目の原因としては,私がヒップホップを嫌いな(経済学的に言えば,このアルバムを聴くことで負の効用を得る)のかもしれません.もしそうであれば,無料でも欲しがらないでしょう.
もう1つの原因は,普通の人からはタダに見えても,経済学者である私から見るとタダではないからです.私がこのアルバムを聴くためには,ネットでダウンロードできるホームページを探して,登録する必要があります.さらにパソコンにダウンロードして,iPodに移し替えて,ようやく聴くことができます.このような作業は面倒ですよね.金銭的にはタダで手に入るように見えますが,実際には手に入れるために時間(厳密に言えば,他のことをする機会)を支払って,アルバムを購入していると考えることもできます.このような考え方を経済学では機会費用と呼んでいます.もしこの機会費用よりも,アルバムを手に入れることによる幸せ(経済学的に言えば,効用)の方が小さいなら,わざわざ面倒な作業をしてダウンロードしないはずです.
 レイディオヘッドは(機会費用を別とすれば)アルバムをほぼ無料で配布しましたが,それが可能な理由は,音楽ファイルは品質を保ったまま簡単に複製できるからです.一旦曲を作って録音してデータにしてしまえば,ほとんどタダでいくらでも複製可能です.音楽ファイルも含め,情報というのはこのように複製が簡単という性質を持っているために,近年,違法なコピーというのは絶えませんでした.しかしレイディオヘッドによるこの画期的な販売方法は違法コピーを激減させる可能性があります.なぜなら著作権を侵して違法に入手しなくても,合法的にタダで手に入れることが可能だからです.実はレイディオヘッドの挑戦は,音楽の配信方法に対する新たな挑戦にとどまらず,結果的に,新しい形の著作権を世に問うことにもなりました.

加速する無料化
 レイディオヘッドはその配信方法が斬新だったため注目されましたが,ネットの社会にはこの他にも無料のものがたくさんあります.例えばニュースもそうですね.新聞を買わなくても多くのニュースはネットで閲覧可能です.この他にもYoutubeには世界中の人がアップロードした動画が無数にありますし,リアルタイムで増殖する辞典であるWikipediaも誰もが無料で閲覧できます.さらにはVectorや窓の森を探せば無料のソフトウェアを数多く発見できます.多くの人が購入するWindows Officeとほぼ同じ機能を持つソフトすら無料で手に入れることができます.このようにネット上では無料のものはたくさんありますが,現実世界では無料のものはあまり見つかりません.せいぜいポケットティッシュやフリーペーパーぐらいですね.ビールがタダになったり,パソコンをもらえたりすれば良いのですが,私はまだもらったことがありません.パソコンとニュースはどこが違うのでしょうか?

無料化の狙い
 さて先ほどのシャーラタンズですが,こちらはレイディオヘッドとは違い,ダウンロードする人からはまったくお金をもらいません.作詞作曲には時間がかかるでしょうし,レコーディングにはお金もかかるはずです.シャーラタンズは何を考えているのでしょうか?
 実は(当たり前?),シャーラタンズも慈善事業を行っているわけではなく,営利を目的として無料で配信しているのです.どういうことなのか?その答えの前に,他の例を見てみましょう.多くの人が知っているとは思いますが,ネット上にYoutubeという動画サイトがあります.このサイトには誰もが動画をアップロード(ネット上に掲載)することができ,またその動画を誰もが見ることができる非常に便利なサイトです.しかしこの便利なサイトは大きな問題点を抱えています.それが著作権です.音楽と同様に,デジタル化された映像は品質を落とすことなくコピー可能です.そのため,このサイトの設立当初から著作権を無視した違法な動画のアップロードが絶えず,違法動画のアップロードと削除というイタチごっこが続いていました.しかしその流れは変わりつつあります.
 それまではYoutubeを,著作権を侵害するものとして敵対してきた企業の中から,Youtubeを上手く利用しようという企業が出てきたのです.無料でプロモーションしてくれるサイトとして認識し始めたのです.つまりこれまでは見つけたら削除を依頼していましたが,逆に新曲のPV(プロモーション・ビデオ)や映画の予告編を公開する場として利用され始めました.Youtubeで知ってもらい,CD販売や映画の動員につなげようという思惑です.
 そろそろシャーラタンズの狙いが見えてきましたか?彼らがアルバムを無料配信する理由もプロモーションのためです.まず無料で聴いてもらうことで新たなファンの獲得につなげようとしているのでしょう.しかし,新曲のPVならそれを含むアルバムの売れ行きにつながりますが,アルバム自体を無料配信してしまうとCDは売れないはずです.おそらくシャーラタンズの狙いは,収益源をCDの販売からライブのチケット販売へと移すことにあるのでしょう.こうなると音楽ファイルのコピーは彼らにとってまったく問題ではなくなります.むしろたくさんコピーして配布してくれた方がありがたいぐらいです.先ほどレイディオヘッドの話の際に「新しい著作権」という言葉を使った理由もわかってもらえたのではないでしょうか?
 最後に経済学から見た著作権の話をしたいと思っていたのですが,すでにかなり文章が長くなってしまっているので,また改めて別のコラムにしたいと思います.
注1 http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/10/09/nradiohead108.xml
注2 1ポンド=210円で計算
注3 1ドル=107円で計算
注4 comScoreによる調査.http://www.comscore.com/